ヴィブラントオタルのご案内

ホテルの歴史

特徴

総坪数990余坪(約3300㎡)鉄筋コンクリート構造
地上4階、地下1階
設計者 矢橋賢吉(工科大学造家学科卒業後明治29年(1896年)大蔵省入省以来、 昭和2年(1927年)に亡くなるまでその一生を官庁営繕に捧げた人である) 代表設計作:国会議事堂
この建物は小樽経済絶頂期に建設され、三菱・第一各銀行小樽支店と共に北のウォール街の交差点を飾っており、 銀行に貸事務所を併設する当時の道内を代表する大ビル建築である。
銀行ホールは2階まで吹き抜け、 6本の古典的円柱がカウンターに沿って立ち、光を受けた様は圧巻であり、初期コンクリート造建築の道内主要遺構と言われている。
小樽市指定歴史的建造物 指定番号第31号 平成3年(1991年)10月4日指定
小樽市都市景観賞受賞 平成8年(1996年)

変遷
  • 大正12年(1923年)北海道拓殖銀行小樽支店として竣工
  • 昭和44年(1969年)北海道拓殖銀行小樽支店移転の為 閉鎖
  • 平成元年(1989年)小樽ホテルとして開業
  • 平成7年(1995年)ペテルブルグ美術館として開業
  • 平成14年(2002年)ホテル1−2−3小樽として開業
  • 平成18年(2006年)ホテルヴィブラントオタルと改称し現在に至る
エピソード

小林多喜二 竣工直後の大正13年(1924年)4月小樽高商(現小樽商科大学)を卒業し北海道拓殖銀行に入行。
新築間もない小樽支店に勤めながら昭和4年(1929年)11月退職するまでに
『蟹工船』『不在地主』などを発表、 プロレタリア文学のホープとして注目される。